2010年07月15日

ジャズとクラシック

john_lewis.jpg
"J.S. Bach, Preludes and Fugues Vol.1〜4" John Lewis

前から書きたいと思いながら、中々書けなかったのが、
John Lewisのこの曲集だ。

John LewisはあのMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)の
ピアニストとして活躍したジャズファンなら知らない人は
いない偉大な存在だろう。
その彼が正面からクラシックに挑んだのがこの作品だぴかぴか(新しい)

これはバッハの『平均律クラヴィーア曲集第1巻』の
全曲でJohn Lewisはプレリュードをピアノソロで、フーガ
をアンサンブル(ピアノ、ギター、ベース、ヴィオラ)で
演奏しているexclamation

実を言うと、このJohn Lewisの演奏で聴く前にオリジナルの
クラシックでの演奏によるこの曲集を聞いたことがなかった。
それ故に僕の中ではバッハの平均律クラヴィーアと言えば
John Lewisによるこの演奏だった。だからJohn Lewisは
オリジナルのバッハのメロディーを演奏し、その後、
それを基にした適当なアドリブを入れていると勝手に
思い込んでいた。

でもそれは全く違っていた。
初めてJohn Lewisの演奏を聞いてから、10年以上経ってから
Glenn Gouldの演奏によるこの曲集を聞いて愕然とした。
John Lewisの演奏でオリジナルのバッハのメロディだと
信じていたかなりの部分は、実はJohn Lewisのアドリブ
だったのだ。John Lewisのこの曲集にはオリジナルを
そのまま演奏しているものもあるが、かなりの曲は
間違いなくJazzに属するもので、その中でバッハの
メロディの部分はほんの一部で、大半はJohn Lewisが
バッハに触発されて創造した音楽だったのだ。それが
あまりにも自然で、誰もがバッハのオリジナルの曲と
思い込んでしまうのだ。

John Lewisが自らライフワークと言って憚らなかった
この作品はバッハのオリジナルをモチーフとしながらも
紛れもなくJohn Lewis自身の平均律クラヴィーアなのだ。
全4枚のこの曲集は僕の宝物であり、何年経っても
聞き飽きることはないるんるん
posted by Jay at 01:21| 静岡 雨| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月04日

若者のすべて

fuji.jpg
フジファブリック『若者のすべて』

またまた、お久しぶりです・・・

言い訳になっちゃいますが、あまりに仕事が
忙し過ぎてあせあせ(飛び散る汗)

こういう時って、悪い病気でやたらとCDばかり
買ってしまうんですよね・・・
出張で出かけた先のCDショップでちょっと気になる
ものがあると買ってしまって、それをしっかり聞き込む
前にまた次のものを・・・みたいな感じで。
きっと仕事のストレスで満たされない感じなのかもがく〜(落胆した顔)

いずれにしても、そうして購入したCDのほとんどは
ピアノトリオなのが不思議でするんるん
何でなのか理由は分からないのですが・・・

そういう時にも家のTVはいつでもミュージック
チャンネルで鬱陶しく感じていた時に、あれって
思ったのが、この曲です。

フジファブリックの『若者のすべて』

繰り返し何度もオンエアされるので、相当
売れているのかと思えば、そうでもないらしい。
ただ、このバンドのヴォーカル、ギターを担当して
いる志村正彦さんが昨年暮れに若くして急死された
ことでファンの間では大きな衝撃が走ったようです。

フジファブリックはその後も活動を続け、志村氏が
生前残していた作品が最近、TVドラマの挿入歌などの
使われるようになっていて、もし彼が生きていれば
これからどんな活躍をしたのかと残念に思いますバッド(下向き矢印)

ジャズのピアノトリオばかり聞いていたからかも
しれませんが、たまにはこういうのいいでするんるん
ちょっと切なくなります・・・
posted by Jay at 02:13| 静岡 霧| Comment(9) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月21日

Jazzの生まれた場所

preservation_hall.jpg

相変わらず旅の空からのレポートです。

Jazzの生まれた場所・・・
19世紀後半のその頃の雰囲気を現在に伝える
Preservation Hallの演奏は、聴衆も含めた熱気と
演奏者の魂で圧倒されてしまい、「確かにここで
Jazzが誕生したんだなぁ」と実感せざるを得ませんるんるん

数年前のハリケーンで壊滅的な打撃を受けながらも
街の中には今夜も『聖者の行進』が鳴り響いている。

数日前にいた世界有数の大学の街との違いや
底抜けに明るいこの街の人々、またJazzの誕生の経緯
からアメリカの歴史の明暗を見た思いがします演劇

バタバタしたなかで、とりあえず荷物をまとめて
出発した今回の旅(?)なのに、特に考えさせられる
ことが多く、またゆっくりお話しします・・・



posted by Jay at 01:39| 静岡 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

またしても・・・

lifescience.jpg


このまま、更新を忘れてしまいそうで・・・あせあせ(飛び散る汗)
繋ぎの更新で大変失礼ですが、旅の空からアップしましたパンチ

以前、リチャードさんにいただいた有難いコメントに
勇気付けられて、これからどんな感じで更新して
いこうか頭を悩ましていましたが、ちょっとヒントが
浮かんだようなそうでもないような・・・ぴかぴか(新しい)
いずれにしても戻ったら、更新頑張りますexclamation

えっ?悩むようなことがあるかだってパンチ
はは、頑張りますexclamation×2

(写真は記事とはあまり関係ありませんので・・・)
posted by Jay at 14:31| 静岡 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月28日

明日が最終日・・・

2010.jpg

お久しぶりです!
もう、どれくらい書かなかったのか、見当もつかないくらい
のお久しぶりで、申し訳ございませんパンチ

気にしてはいたのですが、あまりに仕事がバタバタしていて
時間だけが過ぎてしまいました。
またまた、間隔が開いてしまうかもしれないですけど、
時間を見つけて更新したいと思いますので、
よろしくお願いしますexclamation
って、もう見てる人なんていないですよねわーい(嬉しい顔)はは

実は仕事の関係で数日前から写真の場所の近くに着ています。
現地は予想以上の盛り上がりで、ちょっと驚きました。
でも、2週間の夢も明日が最終日。
やっぱり永遠に続く夢なんてないんですよね・・・スキー

明日は見れないけど、暴動なんて起きないように
開催国の国技の決勝戦はきれいに開催国優勝で終わって
もらいたいものですぴかぴか(新しい)
posted by Jay at 19:17| 静岡 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

モードハンター・カフェ(2)

carol_welsman.jpg
"Memories of Benny Goodman" Carol Welsman

職場の移動があって、最近は外回り、特にこの界隈での
会議が増えて、遠ざかっていたモードハンターに行く機会が
増えた。今日も仕事の後、まっすぐに帰るか、店に寄るか
悩んだ挙句、モードハンターのドアを開けた。
どうせ真っ直ぐ帰っても、することもないのだ。

「いらっしゃいませ」とバーテンダーが声を掛けてきた。
「やあ。ちょっと早いとは思ったんだけど」

開店直後のバーは、汚れのない新鮮な空気に満ちていて
気持ちのいいものだ。
僕がカウンターの隅に座ると、バーテンダーは
「いつものでよろしいですか?」と尋ねてきた。
そして僕が小さく頷くと同時に、てきぱきとした動作で
酒を造り始める。
それは何度見ても惚れ惚れしてしまう手際良さとしなやかさで。

「ギムレットのビターなしでございます」と言って、カクテル
グラスを僕の前に置くと彼は、CDを変えた。

それまでかかっていたピアノトリオから、女性ヴォーカル
に変わり、一瞬にしてバーは華やかな空気に包まれた。

「へぇ。ジェイもこんな音楽を聴くんだね?」
「たまには、優しい女性の声に包まれながらお酒を飲む
 のもいいでしょう?」
「この店で女性ヴォーカルの曲を聴くのは初めてだよ」
「そうでしたでしょうか?こう見ても、私はかなりの
フェミニストですから」

僕はしばらくバーテンダーのジェイと他愛もない会話を
しながら、音楽を楽しんだ。

ギムレットを一杯飲んだら店を出るつもりでいたが、
2杯目をゆっくり楽しみながら、この女性が最後の曲を
歌い終わるまで席を立たないことに決めた・・・

*****************************************
Carol WelsmanはDiana Krallと並ぶカナダが生んだ
女性ジャズシンガーだ。
自分でピアノを弾いて歌うスタイルも同じだが、ハスキー
ボイスを売りにしているDianaとは対照的に透きとおった
女性的な優しさが魅力だ。
このアルバムは今年生誕100周年となるベニーグッドマンに
捧げられた作品だが、クラリネットのKen Peplowskiの
サポートなど、最高の出来になっている。
posted by Jay at 20:50| 静岡 雨| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月30日

モードハンター・カフェ(1)

quiet_night.jpg
"CHAPTER ONE" The Quiet Nights Orchestra

外での会議が終わり、ふと思い立ってモードハンターに
行ってみた。そのまま職場に戻る気分ではなかった。
最後にモードハンターに行ったのは2年前いや3年前
だっただろうか。懐かしい路地を抜けて古本屋の角
を曲がると、モードハンター・カフェはそこにあった。

まだ時間が早いせいか、モードハンターのバーには
一人も客はなく、僕はきちっと身繕いした長身の
バーテンダーの前に座った。
バーテンダーはグラスを磨きながら、ゆったりとした
微笑みを口元に浮かべながら言った。
「いらっしゃいませ。今日はお友達はご一緒では?」
「いや、今日は一人だよ」と僕は答えた。
もう何年も来ていないのに、このバーテンダーは
僕のことを忘れていなかった。それどころか、昨日も同じように
この店に来ていたかのような素振りだった。僕は試しに
「いつものを」と言ってみた。すると彼は
「かしこまりました」と答えて、しなやかな動作で
カクテルを作り始めた。熟練したバーテンダーの動きは
いつ見ても気持ちがいいものだ。
その動きの正確さと気品の高さが酒の味を保証するのだ。
彼はカクテルグラスをカウンターの僕の前に置きながら言った
「ギムレットのビターなしでございます」
完璧だった。

静かなバーでキリッとした酒をゆっくり味わう。
至上のひとときだ。
ギムレットの一口目が心の中に残っていたその日の
会議の後味の悪さをゆっくりと解かしていった。
グラスが空になる頃には僕は仕事のことなど忘れ
バーのゆったりとした空気に身を任せていた。

僕はバーテンダーと他愛もない世間話を楽しみ、酒の
お代りをした時に、彼はそれまで店に流れてたピアノトリオの
曲を止めて新しいアルバムに変えた。
これまでに聞いたことのないジャズオーケストラだった。

バーの中を支配していた少し緊張感のある清々しい雰囲気が
一瞬にして夜の始まりに何かを期待するようなリラックスした
空気に変わった。いつの間にか、バーは混み始めて、
ゆっくり音楽を楽しむ状況ではなくなっていた。
トロンボーンを中心としたアコースティック・ジャズ・バンドに
女性ヴォーカルをフィーチャーした編成で重くなり過ぎない
演奏ながら、質の高い音楽性を示していた。
グラスを傾ける音や人々の話し声の中で僕はしばらく音楽を
楽しんで店を後にした。
「ごちそうさま。そろそろ行くよ」
「ありがとうございました。いってらっしゃいませ」
バーテンダーは一瞬仕事を手を止めて、口元に笑みを
浮かべながら言った。

さて、どこかで夕食をとって帰ろう。
まだ帰るには早すぎる時間だ。
僕は路地の雑踏に吸い込まれるように紛れていった・・・
posted by Jay at 19:07| 静岡 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

メビウスの淵 (4)

mebius2.jpg

僕はクライアント周りを追えて、社に戻る途中で彼女のことを
思い出して、また携帯に電話した。

今度は知らない男が電話に出た。
「もしもし吉田です」と電話の向こうで中年の男の声がした。
僕は一瞬戸惑ったが、気を取り直して言った。
「恵子さんをお願いします」
その中年の男は
「多分、番号をお間違えだと思いますが・・・」と言って
電話を切ろうとしたので、僕は慌てて
「すいません、この番号はいつからお使いですか」と聞いた。
「もう2年になります」と彼はよく通る高い声で言った。
僕はその男に詫びを言って電話を切ったが、状況がよく理解
できなかった。
こんなことは絶対にあり得ない。だって昨日も彼女とこの
番号で話をしたばかりなのだ。

僕は社に戻るのはやめて、彼女のアパートに向かった。
郊外の閑静な住宅地にあるそのアパートはそこから電車で
30分の距離だった。
最寄の駅で電車を降りると、僕はこれまでに何回か通った道
を足早に彼女のアパートに向かった。

僕が彼女のアパートに着いた時には、辺りはもうすっかり
暗くなっていた。彼女の部屋は2階の角で、僕は階段を
昇って彼女の部屋の前に急いだ。
ドアには「岸川」と彼女とは違う苗字の書かれた紙が
表札代わりに貼られていた。
それもあり得ないことだった。
その紙は昨日今日貼られたものではないことが、その汚れが
ドアと自然に馴染んでいることからはっきりと分かった。
僕は呼び鈴を鳴らそうとしたが、部屋の中から、聞き覚えの
ない中年の女性の声と、複数の子供の声が聞こえてきて、
鳴らすのをやめた。
ドアの横に置かれている子供用の自転車やゴミのポリバケツ
が彼女らがもう何年もここに住んでいることを物語っていた。
僕は頭の中がひどく混乱して、最初から整理しようとしたが
無駄だった。

ここは恵子の部屋だ。
間違えるはずはない。
なぜなら僕は今までに何回もここに来ている。
では、なぜ今ここに全く知らない家族が住んでいるんだ。
恵子はどこに行ってしまったんだ?
僕はこの部屋で3日前に彼女を抱いた。その後に一体何が
起きてしまったんだ。
しかも昨日までは彼女とメイルで話しているのに、彼女には
全く変わった様子は見られなかった。

僕は言い知れない不安を抱えながら自分のアパートに戻った。
一体、恵子に何が起きたというんだ。
待て、もう一度最初から考えてみるんだ。
冷静になって考えれば、絶対に糸口は見つかるはずだ。
彼女の携帯の番号は全く違う人間のものになっていた。
彼女のアパートも見も知らぬ人達が暮らしている。
それじゃ仕事はどうなっているんだろう。えっ仕事?
そうだ、彼女は労働組合には行っているんだろうか?
僕は慌てて、前に彼女から聞いていた労働組合の電話番号を
調べて、電話をかけてみた。
もう8時を回っていたが、誰かがいるはずだ。

呼び出し音が3回鳴ったところで、低い声の男が電話に出た。
間違いなく彼女が言っていた、労働組合だった。
電話の相手はきっと彼女が「おじさん」と呼んでいた
人種の一人だ。
僕は彼女の名前を告げて、彼女が今日出勤したか尋ねた。
「申し訳ないですけど、そういう方はこちらには
おりませんが・・・」
「そんなはずはないんです。もう一度、調べて・・・」と
言った時、その男は
「私は人事課に勤めていますから、ここで働く全ての人間を
知っているんです。私の知らない人間はいないのです。」
僕はその男に丁重に礼を言って、電話を切った。

僕は益々混乱した。
最初から恵子は存在しなかったんじゃないのか?
僕は今朝まで3ヶ月におよぶ長い夢を見てただけ
なんじゃないのか?
僕は慌てて、パソコンを立ち上げて、メイルを開けた。
でもそこには間違いなく恵子から来た山のようなメイルが
存在した。恵子が存在することだけは確かだった。
だとしたら、残る可能性は恵子が彼女の素性について
嘘をついていたということだ。
でも、それも労働組合のことは別にしても考えにくい
ことだった。僕は毎日彼女の携帯に電話していたし、
その履歴は僕の携帯に残っていた。
それに僕は彼女のアパートに何回も行っていたし
彼女をそこで抱いた。

はっきりしていることは、彼女が僕の前から消えたこと
だけだった。しかも完璧なくらい彼女が存在していた証拠が
抹殺されていた。
もう彼女からメイルが来ないことは、直感的に理解できた。
彼女は何かの理由でこの世界から消えてしまった。
そして彼女の存在を知っている人間は僕以外にはいないのだ。

僕は後ろからいきなり深い崖に突き落とされたような喪失感と
焦燥感に包まれて、身体から力が抜けていった。
このまま死んでしまうのではないかと思うくらいの脱力感だった。
もう何も考えられないくらい頭も神経も疲れていたが、
眠ることはできなかった。
今は彼女の全てが愛しかった。
当たり前のように存在していたものが忽然と姿を消したこと
による喪失感よりも、それが自分にとっていかに大切であったか、
今になって理解できたことに対する焦燥感だ。

僕は最後に彼女から来たメイルをもう一度読み返してみた。
そこには彼女がその日にしたことや、上司の愚痴が書かれていた。
僕は「返信」のボタンをクリックして、ただ1行

「愛しているよ、恵子」

とだけ打って、そのメイルを送信した。
このメイルを恵子が読むことはないだろう。
それにこのメイルが一体どこに配信されるかなんて、
どうでも良かった。

そうだ、僕は恵子を愛している。
もう失われてしまった存在だとしても、忘れることなんてできない。
恵子は知らず知らずのうちに僕の心に住み付き、今では僕の心を
占領していた。恵子を失うことは、心を失うのと同じことだった。
僕はソファのマットに顔を埋めて、声を殺して泣いた。
こんなに泣くのは小学校以来だった。
泣いても泣いても涙が溢れてきた。
どれくらい時間が経ったかわからないが、遠くで暴走族のバイクが
集団で走る音とそれを追うパトカーのサイレンの音がこだまのように
聞こえてきた。
僕はそれを夢の中で聞くように眠りに落ちていった。
そう、深い深い眠りに。

...............................完.................................
posted by Jay at 03:42| 静岡 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

メビウスの淵(3)

mebius2.jpg

僕達はお互いのよく知ってる駅の前で待ち合わせた。
お互いの服装で確認できるように事前に打ち合わせたが
実際にはそんな必要はなかった。
僕は一目で彼女のことが分かった。
僕達は何となく照れ臭さを感じながら、近くの落ち着いた
雰囲気の店に入った。
適当に選んだ店にしては、正しい選択だった。
薄暗い店内の角の小さなテーブルに向かい合って座ると
僕達は簡単に挨拶をした。
「いつもありがとう」
「こちらこそ」
一通りの挨拶を済ませてしまうと、話すことがなくなって
しまって僕達は気まずくなった。
店の中には小さな音でピアノトリオの演奏がかかっていた。
まだスコット・ラファエロが一緒に演奏していた頃のビル・
エバンスだ。店の中にはちょっとだけ神経質な雰囲気が
漂っていた。

彼女も僕も酒は飲める方ではなかったが、覚えることの
できないような名前のカクテルを注文した。
飲める飲めないが問題ではなく、お互いコーヒーを注文
するような気分ではなかった。

一ヶ月間、毎日ずっとコンピューターの画面を通して
話してきた相手が、目の前にいるのはとても不思議な気分だった。
僕達は、しばらく音楽に耳を傾けながら、ぎこちない雰囲気の
まま、次第にいろんな話を始めた。
今までメイルで話したこと、まだ話していないこと。
仕事のこと、家族のこと、過去の恋愛のこと。
途中まで聞き役に徹していた彼女は、一旦話し始めると
堰を切ったように話し始めた。
おかげで僕は彼女の26年の歴史を1時間で知ることができた。

彼女は平凡なサラリーマンの家庭の長女に生まれて
両親に愛されて育った。彼女の両親は喧嘩もほとんどしないし、
テレビのワイドショーに出てくるような悲惨な家庭とは
全く縁のない幸せな環境で彼女は育った。
だから26年の長い年月も、簡単に1時間に収まって
しまうくらい平凡で幸せな人生だった。
彼女は眼鏡をかけていた。どちらかと言えば、美人に属する
顔立ちだったが、ほとんど化粧をしていなかったから、彼女の
容姿は彼女の人生以上に平凡な印象を与えていた。
「ほんとうに平凡な人生なのよ」と彼女は言った。
ちょうどその時、流れている曲がコルトレーンのバラードに
変わって、店の中の雰囲気が少しだけ無神経になった。
「ただ・・・」
彼女は何かを言いかけてやめた。それが彼女が語らなかった
大学に入ってから卒業するまでの4年間のことなのか、
それとも全然違うことなのか僕には分からなかった。
その4年間に人に言えないような辛いことがあったのか
もしれないし、他の22年以上に平凡だったからただ省略して
しまっただけなのかもしれない。
「ただ?」
僕はそのことを彼女に聞こうとしたが、彼女は僕の質問には
答えずに、それまで一切口を付けなかったカクテルを一口飲んで、
かけていた眼鏡を外した。
その時、店の中に流れている曲が変わった。
"EAST OF THE SUN (AND WEST OF THE MOON)"
スタン・ゲッツが死ぬ間際に残した演奏だ。
彼独特の切ない演奏だが、近い将来彼の寿命が尽きることなど
全く想像できない演奏だ。

彼女は僕の顔を覗き込むようにして言った
「ほんとうの私を知りたい?」

僕はその日のうちに彼女と寝た。
それは全く考えてもいなかったことだし、そういう期待も
持ってはいなかった。
ただ、眼鏡を外した彼女を見てからは、
それは自然な成り行きだった。
僕は彼女が眼鏡を外した瞬間、部屋全体が明るくなったような
錯覚を覚えた。眼鏡を外した彼女は平凡などと言う言葉とは
全く縁のない輝きを放っていた。そして、僕はそれまでは全く
感じなかった香水の香りに包まれた。
それはとてもしなやかで優しさに満ちていた。そして
それとは裏腹に魔性の魅力に溢れた香りだった。

僕達は激しく愛し合った。
初めて肌を合わせるとは思えないくらい、相手のぬくもりを
受け入れた。
愛し合った後も、お互いの気持ちを語り合った。
もう仕事のことも、過去のことも関係なかった。

僕達は毎日メイルで話あって、時々会って愛し合った。
メイルでは愛を語ることはなかった。
そこではどうでもいい他愛もないことばかり話し合った。
不思議とそれでも、話が尽きることはなかった。
会っている時は、余計なおしゃべりも時間の無駄に感じるくらい
お互いの身体を求め合った。
二人でいる時には、ほんとうに言葉はいらなかった。

僕達は会う日を決めず、お互いにお互いが必要になったら
会った。メイルの中で、そのことに触れなくても、それは
すぐに理解できた。
だから会うのは週末のこともあったし、平日のこともあった。
そんな風にして、彼女と知り合って3ヶ月くらいったある日
彼女は忽然と僕の前から姿を消した。

...............................続く.................................
posted by Jay at 16:36| 静岡 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月19日

メビウスの淵 (2)

mebius2.jpg

僕と恵子はメイルで知り合った。
そうでなければ、労働組合で働いている女の子と
知り合う機会なんてないそんなにはない。
僕達はお互いの仕事のこと、過去のこと、それから
自分自身のことをメイルで話し合った。
きっかけは彼女がある掲示板にメイルフレンドの応募
をして、僕が彼女にメイルを送った。
山のように来たメイルの中から、僕が選ばれた。
それだけのことだ。
お年玉付き年賀はがきで切手セットが当たるよりは
難しいかもしれないが、年末の3億円の宝くじに当たる
よりは確率が高い。たまたま同じ学校でクラスメートに
なって知り合うのと大差はない。
違うことと言えば、完全に投稿者の意思によって決めら
れることと、20年前にはあり得なかったことくらいだ。

特に決めたわけではないのに、僕達は夜の11時から
次の日の朝の予定が許す時間まで話し合った。
それは地球人が火星人と話すように、あまりに違う環境
で暮らす僕達にとって、相手の話はとても新鮮で聞く
ことに値した。

メイルの中では恵子は『HIKARU』と名乗っていた。

「おじさん達は理想と信念だけが大切なの。でも、
それをどうしたらいいのかは知らないのよ。それを私達
が形にしてあげるの」と彼女は言った。
「大体は暇だから、何をしていてもいいの。忙しいのは
選挙の時とか、春闘の前くらい」とも言った。
労働組合さえない、労働基準法から逸脱している生活を
送っている僕にとっては彼女の話はとても新鮮だった。

僕達は飽きることなく話し合ったし、その内容は泉の
ように湧き出てきたけれど、それは純粋にお互いの環境
の違いや相手の仕事の新鮮さだけで、男と女の感情は
抱いていなかった。

一ヶ月くらいのメイルの交換の後で、僕達は会うこと
になった。それを提案したのは僕だった。
お互いに相手に対する感情はただの興味だけだったし、
会ってどうなることもないと分かっていた。
だからこの提案に対して、彼女もすぐに承諾した。
しかし、これが全ての始まりであり、終わりでもあった。

...............................続く.................................
posted by Jay at 13:08| 静岡 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする